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響け太鼓、震災追悼の演奏会 三田

 阪神・淡路大震災から丸十四年を迎えた十七日、二十三人が負傷した三田市内では、各地で防災訓練や追悼行事が行われた。震災を経験した人たちが今も癒えないさまざまな傷に苦しむ一方、震災を知らない世代は年々増えている。記憶にとどめ、伝えていきたい、あの日に起きた出来事を-。

 震災の犠牲者を悼み、被災者らを勇気づけようと、市内の和太鼓グループ三田太鼓(南友一会長)が、フラワータウン市民センター前の広場で、追悼演奏会を催した。メンバー十一人による力強い響きが、十四年前と同じ冷たい冬空を振るわせ、復興住宅の市民ら約百人が静かに耳を傾けた。

 同グループは震災から二カ月間、阪神間の避難所などで和太鼓を演奏した。翌年から地震が起きた時間の十二時間後、午後五時四十六分に市内で演奏会を開いている。

 メンバーが「教訓を次へつなごう」とあいさつし、震災をイメージしたオリジナル曲「鎮魂(レクイエム)」など五曲を披露。周囲でじっと聞き入る人の中には、涙を流す姿もあった。

 三田市武庫が丘のパート岩橋和子さん(61)は尼崎市で震災に遭った。住むのが怖くなり、被害の少なかった三田に転居。「震災が昨日のことのよう。今も大きな音がすると、どきっとする。太鼓の音が犠牲者の霊を慰めてほしい」と目を腫らした。

 神戸市中央区で被災した三田市狭間が丘の会社員三木隆司さん(61)は「火災で家が焼けていくにおいが忘れられない。決して風化させてはならない」と力を込めた。

 三田市狭間が丘の主婦村上純子さん(37)は西宮市の自宅が半壊し、知人を失った。三人の子どもたちに、当時の体験を話すことがあるという。「地震の恐ろしさや苦労を語り継いでいきたい。悲劇を決して繰り返さないために」(本田純一、横田良平)
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